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「Tribute to YUTAKA OZAKI」

いつもこの時期になると、あるアーティストの曲を口ずさんでいる。
尾崎豊
私が中学生の頃、アーティスト尾崎豊はデビューした。
はじめてみた「17歳の地図」のプロモーションビデオに感銘を受けてから
私は尾崎の虜になっていった。
当時坊主頭の小僧が、Tシャツにジーンズ、そしてグラサンをかけ
タバコを咥えながら近所の砂浜を気取って歩いていた。
セカンドアルバム「回帰線」の全ての歌詞を何度もレポート用紙に
書き綴り、「将来俺も作詞作曲のできるアーティストになるぞ!」
と嘯いていた。
サードアルバム「壊れた扉から」もレコード(CDじゃないのね…)が
警察がきて苦情を言われない程度の音量で擦り切れるまで聴きまくった。
そして、あの代々木オリンピックのライブで彼と一体になった。
私が大学生の時に突如訃報が入った…。
1992年4月25日 尾崎豊永眠…。
私の青春時代のカリスマが伝説にかわった瞬間だった。
今でも同世代の親しい仲間とカラオケに行くときには
「路上のルール」(ライブヴァージョン)を熱唱したりもする。
私は青春時代に偉大なるアーティストと出会えたことを幸せに思う。
2004年4月25日
今年も車の中で口ずさもう。
「僕が僕であるために」を。
OZAKIの冥福を祈りながら。
2004.4.22 なかの独り言